ふくろう絵本屋

福井美佳です。私の活動を紹介します。

卵黄テンペラ「マニフィカトの聖母(ボッティチェリ作:模写)」

ボッティチェリさんの素晴らしさを痛感しました。

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「マニフィカトの聖母(ボッティチェリ作:模写)」 シナベニヤ/膠/寒冷紗/硫酸カルシウム(ボローニャ石膏)、卵黄/食酢/顔料、158×227mm

かなり雑になってしまいました。オリジナルは、こちらMadonna of the Magnificat - Wikipediaです。1481年の作だそうです。オリジナルは色もきれいだし、聖母の表情がすばらしいなと思って、模写することにしました。油絵具が作られる前の西洋画では、この絵のように、粉の顔料を画面に固着するために卵を使ったテンペラ画と、しっくいの壁が生乾きの間に水などで溶いた顔料で描くフレスコ画が主流であったと言われています。テンペラだと、べたっと塗ると下の色が見えないため透明感が出ず、ぼかしもできないため、ハッチングと呼ばれる細い線を下の色が透けて見えるように何度も重ねていくことによって、透明感や微妙な色の変化を表現するそうです。私が模写したのは、ほんの一部ですが、何色を重ねればオリジナルの色や明暗になるのか考えながらハッチングするのは難しかったです。ボッティチェリさんの有名な「春(ラ・プリマヴェーラ)」とか、そんな細かい努力を大画面いっぱいに施していたとは思っていませんでした。今度ウフィッツィ美術館に行ったら、もっと近くでちゃんと見てきたいなと思います。

この模写は、他の方の模写と一緒に世田谷美術館用賀アトリエ展で展示しております。お恥ずかしい出来ですが、よろしければ、近くでご覧になって、ボッティチェリさん達の努力に想像を馳せていただければと思います。私は明日3/23(土)夕方は会場にいる予定です。

先生に教わった、卵黄テンペラの手順をメモしておきます。写真がなくてわかりにくいところもあるかと思いますが、ご容赦ください。支持体の準備だけでも時間がかかりましたが、お料理みたいでおもしろい作業もありました。

卵黄テンペラの手順

A.石膏地の支持体を作る

1.シナベニヤにやすりをかける

絵のサイズの12mm厚のシナベニヤの、裏表側面すべてにやすりをかける。はけで全体に水を塗る。水をはじく部分があれば、もう一度やすりをかける。はじかなければよい。台上に木片などをいくつか置いて、少し浮かせた状態でシナベニヤを置き、乾くまでおく。

2.膠水を全面に塗る

前日から10倍程度の水でふやかしておいたウサギ膠を、60℃以下の温度であたためて煮溶かす。60℃以上になると接着力がなくなるので注意。

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融けた膠水をボウルにあけて、刷毛にたっぷりつける。刷毛の余分な水分をボウルの縁でこそげとって、シナベニヤの裏面を上にして、膠水を塗る。刷毛は往復させず、一方向にのみ動かして、隙間なくきれいに塗る。画鋲を針を上にして4個おき、画鋲の針の上に、表面を上にしてシナベニヤを置き、表面を塗る。さらに、シナベニヤをたてにして側面をぬる。表面を上にして、画鋲の針の上にシナベニヤを置き、乾くまでおく。

3.寒冷紗を貼る

寒冷紗を、シナベニヤより一回り大きく切る(縦横10cm以上) 。

膠水を準備する。画鋲を針を上にして4個おき、その上にシナベニヤを裏を上にしておく。膠水をはけにつけ、シナベニヤの裏、表、側面に塗る。塗りすぎない。シナベニヤの表面を上にして、寒冷紗をシナベニヤのまん中にくるようにかぶせる。

豚毛の硬い刷毛に膠水をつけ、寒冷紗の上の中央からとんとんたたきながらつける。中央から左斜め上、中央から右斜め下、右斜め上、左斜め下、右、上、左、下と放射線状に、刷毛で空気を抜くように押しながら膠水をつける。

寒冷紗の四隅を、角から1.2cm余白を残して斜めに切り落とす。

シナベニヤを寒冷紗ごとひっくり返して、裏面を上にする。

長い1辺の寒冷紗をまっすぐ上にひっぱりあげながら、外側から側面にちょんちょんと膠水を塗る。あまり強い力でひっぱらない。裏面に寒冷紗を折り返し、ちょんちょんと膠水をつけて、寒冷紗を裏面に貼付ける。刷毛は、シナベニヤの側面から寒冷紗の縁にむかって直角に動かす。

対辺も同じように寒冷紗を裏面に折り込んで貼付ける。

短い辺を折り込むときは、余った部分を内側に折り込んで、角をきれいにつける。角の重なっているところが浮かないように、しっかりつける。

乾くまで置く。

4.石膏を混ぜる

膠水(200cc)を溶かす。ボローニャ石膏(500cc)をふるいにかける。

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50℃にあたためた膠水200ccをビーカーにいれ、中央に石膏を少しずつスプーンでいれる。混ぜると泡がたつので混ぜない。

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石膏がすべて膠水の中に沈むまで待つ。

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木の棒をビーカーの中央に底まで入れ、棒を底から離さないようにしながら、小さく回転させる。気泡を作らないように注意する。

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回転を徐々に大きくしながら、全体が白くなるまで混ぜる。

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5.石膏を塗る

刷毛に溶かした石膏をつけて、寒冷紗を貼ったシナベニヤの裏面から塗る。右端から力を入れて斜め左下方向に端まで刷り込むように塗り、

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左端まで塗ったら、

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左端から右斜め下へ塗る。

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左右に八の字を描くようにして、裏面全体に塗る。

次に側面を塗る。

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裏面を上にして乾くまでおく。

表面を上にして、裏面と同じように八の字を描くように全体に塗って乾かす。

乾いたら表面に再度、石膏を塗る。表面は、12層〜20層重ねる。

6.石膏地の表面を滑らかに削る

削り鋼パネルを砥石の上に垂直にたてて、歯と垂直方向にひっぱる。

石膏を塗ったシナベニヤの側面のでっぱりを、金やすりを断面に水平にあてて削り、側面をまっすぐにする。

表面の凸凹をわかりやすくするために、木炭を粉末にして、全体に薄く黒くなるように、シナベニヤの表面に刷り込む。

シナベニヤを表面を上に縦長になるように机に固定し、削り鋼パネルをむこうから手前にひきながら、表面を少しずつ削って滑らかにする。削り鋼パネルは、表面に対して最初は寝かしてあてて、手前に引きながら徐々に歯をたてて垂直にする。まっすぐひくとまん中ばかりへこんでしまうので、まず、左斜め上から時計回りに扇形にけずり、次に、右斜め上から半時計回りに扇形に削るというように、交互に丸く削る。木炭で黒くなった部分が見えなくなって、全体に白くなるまでけずる。

紙ヤスリNo.400とNo.600を使って、つるつるになるまで平滑にする。

B.墨入れをする

7.転写紙を作る

シナベニヤのサイズより少し大きいトレーシングペーパーを用意し、B3〜B8の鉛筆で黒くなるまで塗る。

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8.下絵を写す

石膏地を塗ったシナベニヤの表面に、転写紙の鉛筆のついた方を下にして重ねる。その上に、下絵をおいて固定する。赤ボールペンなどで下絵の輪郭線と稜線をなぞって石膏地に写す。この作業はとにかく丁寧に。雑に写すとあとが大変になる。今回、下絵は明暗がわかりやすいように白黒コピーした。

8.墨で輪郭と明暗を描く

薄墨を作って、転写した鉛筆の輪郭線を参考にしながら、石膏地に輪郭線を描く。面相筆などの細い筆を使う。自信がない人は、一度に長い線を描かない方がよい。

絵の暗い部分を薄墨でハッチングする。より暗いところは、ハッチングの線を角度を変えて何度も重ねる。

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C.着彩する

10.卵黄メディウムを作る

清潔なかわいたガラス瓶、ティッシュ、爪楊枝、濡れタオルを用意する。新鮮な卵の殻を割って、卵白を取り除く。卵黄を濡らした手のひらにのせ、ころがしながら、左手右手と交互に移動させて、表面のぬめりをとる。移動させるごとに、卵黄を持っていない手を濡れタオルでふく。

卵黄をティッシュペーパーにのせて、巾着状にティッシュペーパーをつまんでもちあげる。巾着の下からティッシュペーパーと卵黄の皮を爪楊枝でプチッとさして穴をあける。穴から出てくる卵黄の中身のみを瓶の中におさめる。力を入れてしぼると皮まで落ちてくるので、力はあまりいれず、できるだけ卵黄の重みで、中身のみが自然に落ちてくるようにする。

スプーン一杯ほどの食酢を卵黄に加えたあと、ふたをして、泡立てないように瓶を軽く左右にふって、卵黄と酢が混ざって均一の状態になるようにする。作った卵黄メディウムは冷蔵庫で保管する。

11.顔料を混ぜて絵具を作る

下地用のテールベルト(暗い緑)の粉末顔料(ピグメント)を耳かきに一杯ほど小皿にとる。まずはテールベルト同量の水を加え、小さじなどでよく練る。水練りした顔料に、同量の卵黄メディウムを加え、よく練る。乾くと描けなくなるので、ラップなどをかけておく。描画する際は、さらに水を加えて、描きやすいように調整する。

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12.下地の色をのせる

テールベルトで作った絵具を平筆につけて、全体に下地の色を塗る。(以下の写真は色がまだらすぎました。もっと一様に塗った方があとが楽です。)

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13.ハッチングをかける

赤系、青系、緑系、黄色系、白など、いろいろな色の顔料を使って絵具を作り、ハッチングをかけていく。絵具は乾燥すると描きにくくなるので、ラップなどをかけておく。ハッチングする時は、筆に絵具をとったら必ず別の紙などに試し書きをして絵具がつきすぎないようにする、細く短くていねいに線を描く、下の色が見えるように隙間をあけながら平行に線を描く、顔や服の凹凸に沿うように線を描く、線を重ねるときは角度を変える、など気をつける。時々、離れたところに下絵と並べておき、全体の明暗が下絵と同じようになっているか確認しながら描く。

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上は、1日ほどハッチングをかけた途中の状態。このあと6日ぐらいかけて描いたものが、冒頭の絵。カビが生えたり虫がついたりするので、密閉して冷暗所で保管する。

14.画面保護用ワニスをぬる

絵を完成したあと、3ヶ月〜半年おいたのち、画面保護用ワニスを塗る。

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今回は、ホルベインテンペラワニスを薄めずに使う。

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テンペラワニスを絵具皿にとって、刷毛によく含ませたあと、余分なワニスを皿の縁でこそげとる。

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上から横に、一列ずつ塗る。ひと刷毛塗ったら、ワニスがたまったり、かすれたところがないか確認し、刷毛にワニスをつけなおして、すきまをあけずにすぐ下を塗る。

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全部塗りおわったところ。光沢があり、乾くと薄く硬質な膜でおおわれる。

以上です。

時間かかりました!雑なところも目立ちますが、本当に勉強になりました〜。不透明な画材を下が透けるようにハッチングで重ねながら、明暗をあわせて立体感を出すのですが、首とかうまくいきませんでいた。それぞれの画材を生み出した人たちの発想や試行錯誤もすごいし、画材の特性を生かした画法を考えて、伝えて、磨いていった人たちもすごいです。技術の進歩は、多くの人の努力の積み重ねによるものなんですね。